1:2012/06/16(土) 18:13:50.57 ID:
Zero

歴史あんま詳しくないのでわからんだが
地獄の沙汰も金次第って言うじゃん
金持ちの息子は健康だろうが何だろうが徴兵免れたんじゃないの?

3:2012/06/18(月) 08:00:51.81 ID:
そういやどうなんだろうな
4:2012/06/18(月) 11:29:38.35 ID:
70年前の戦争の時なら名家出身だろうが高学歴者だろうが金持ちだろうが徴兵されてたよ
広く一般国民の認識として徴兵されない男は役立たずというものがあったから兵役に就いた経歴は必要だった
軍へのツテとカネで安全なところに配属させたりがあったかなかったかは言及しない
5:2012/06/18(月) 14:00:18.71 ID:
皇族・華族は国民の手本にならなければならないとして
金持ちでも真っ先に徴兵されたよ。
ただし職業「軍人」。
幹部として天皇側近にあり実際に戦地へ行った者はほとんどいなかった。
6:2012/06/18(月) 14:18:08.41 ID:
非職業軍人の華族でも二等兵召集食らってるけど?
日米開戦前だが尾張だったかの徳川家、開戦後だと冷泉家の当主に、
慶喜徳川家の徳川慶光(高松宮妃の兄)も貴族議員だったのに
二等兵で召集、終戦時上等兵。
国家主義的雰囲気からから、上流階級も一般国民と等しく戦争を
担わされている。住井すゑが戦争賛美したくなるのも当然かと思うw

一方で「余人をもって代えがたい」という名目で戦争を逃れた人
もいる。宮沢喜一なんて人はそうだな。どんなに優秀でも、技術系
ならともかく文系でこれは珍しい。
国会議員だった父親のツテかと思ってしまう。
16:2012/06/19(火) 20:01:23.09 ID:
>>6に「当主」としたけど、ちがったようだ。
82:2012/07/18(水) 14:59:55.71 ID:
>>6
宮沢喜一は、155cmなかったから、それじゃね?
7:2012/06/18(月) 14:48:26.03 ID:
自分の理解したイメージでいうと、超上流階級は世間の注目
を浴びやすいから、建前どおりに徴兵の対象にさせられたよう。
特権を享受したのは、中二階的な新興上流だな。この辺の方が
「生の権力」への影響力も強いからうまく逃れた感じ。
8:2012/06/18(月) 22:40:04.16 ID:
根こそぎ召集
9:2012/06/18(月) 22:42:23.62 ID:
前線には行かないだろうな

12:2012/06/18(月) 23:20:30.35 ID:
>>9
今の戦闘だと、毛沢東の息子のようになるかもよ。
10:2012/06/18(月) 22:48:54.05 ID:
http://wolfpac.press.ne.jp/kazoku12.html
ここのよると戦死華族は

仁礼景嘉
上杉勝昭
松前正広
堀河康文
相楽公愛
音羽正彦

意外に少ないな
15:2012/06/19(火) 19:58:51.59 ID:
>>10
華族全体ならもっと数はもっといると思われ。
冷泉家の人も戦死してる。
11:2012/06/18(月) 23:17:38.33 ID:
前田利為は?
醍醐忠重は戦後処刑されたな。
13:2012/06/19(火) 06:42:53.68 ID:
>>11
その人らは
職業軍人だから
14:2012/06/19(火) 07:33:01.96 ID:
軍医をしている医師を買収して、徴兵検査で不適格になることは出来たけど、田舎の地主の長男の話しで、有名だと難しい。
あと、徴兵される情報をあらかじめつかんで、先手をうって志願した話しもあり、徴兵された場合より階級など軍隊での立場が有利になる。(死んだ、じいちゃんは、ほぼ同期に徴兵された同級生より、二階級も上だと言っていた。)

17:2012/06/19(火) 22:39:56.95 ID:
近衛家の長男はシベリアに連行されて、そこで没したよな

18:2012/06/20(水) 01:24:15.05 ID:
出征した華族の話を読むと、
いかに戦前の日本が(一般的に思われてることに反して)
平等で実力主義な社会だったか、ってことがよくわかる。
43:2012/06/22(金) 18:32:41.44 ID:
>>18
総力戦体制は既成の秩序を解体する”革命”的
要素があるんだよね。
被差別階層出身だった住井すゑが戦争賛美したりしたし、
ナチス左派に属していた宣伝相ゲッベルスも同じような
理由から、戦時体制に伴う変革を賞賛している。
19:2012/06/20(水) 01:52:23.18 ID:
いや、まだわからないよ。楽なトコに割り振られたけど、部隊の全滅等に巻き添えになって
やられてしまった可能性もあるなあ。

毛沢東の息子もまさかこんなトコまで…ということで後方支援をしていたのだが、そこを米軍に
空爆されるしね。
20:2012/06/20(水) 02:49:20.58 ID:
日本の軍部は共産主義系だから、金持ちとかは根こそぎ徴兵だよ。

サントリーの創業者とかも徴兵だし、ソニー創業者の盛田昭夫も
徴兵だし。

逆に貧乏人のほうが徴兵逃れしやすかった感じ。
21:2012/06/20(水) 10:23:08.76 ID:
>>20
ソニー創業は戦後だろ
盛田昭夫は戦時中は華族でもなんでもない一般人だぞ

サントリー創業者は終戦時に60代後半で
当然高齢のため徴兵されてないんだが。
22:2012/06/20(水) 11:12:58.28 ID:
盛田昭夫の実家は、金持ちだよ。
ソニーがうまくいかない時実家から金持ち出してやってたんでしょ。

あとサントリーは創業者じゃなくて息子だったかも。
とにかく金持ちって華族じゃないといけないとかそういうレベル?
じゃあ華族って書いてよ。
24:2012/06/20(水) 11:35:28.63 ID:
>>22
せめて政治に影響力のあった財閥レベルじゃないとなあ。

盛田昭夫の実家は酒の造問屋。
サントリーも当時は寿屋といい、こちらも酒の造問屋。
どちらも規模は大きくない。
自営業者=裕福という頭なのか?

30:2012/06/20(水) 15:40:40.89 ID:
>>24
サントリー創業者の鳥井信治郎は大阪市出身だけど
鳥井家としての本当のルーツは日本の何処なんだろう?



23:2012/06/20(水) 11:22:28.91 ID:
曾祖父が内地勤務にして貰ったって聞いたけど、本当かな。いりょうだって。
25:2012/06/20(水) 13:44:06.70 ID:
今の自営業者とはわけが違うレベル。
29:2012/06/20(水) 15:31:23.16 ID:
>>25
あの程度の商家ならいくらでもいただろ

31:2012/06/20(水) 16:08:49.30 ID:
>>29
いたとしても一般的に言うところの「金持ち」ってここらへんだろ。
34:2012/06/20(水) 17:07:07.87 ID:
>>31
あの程度の商家で徴兵免除になってたら
日本男児の2,3割免除になってしまうだろ
あほか
26:2012/06/20(水) 13:50:44.31 ID:
オリンピック金メダリストも戦死する時代です
27:2012/06/20(水) 14:48:05.72 ID:
映画に出てくる華族は決まって洋館とか住んでるけど、
そんな華族は僅かで貧乏してる人も普通にいた。ほんとに貧乏
だと一般庶民レベルな下町の長屋住まい。敗戦以前から斜陽な華族はいた。
28:2012/06/20(水) 15:29:52.68 ID:
>>27
そりゃそうだ。
江戸時代だって、下流大名や下流公家は貧しい生活してたから。
32:2012/06/20(水) 16:18:57.98 ID:
【偽エリート】徴兵逃れした日本人【卑怯者】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history2/1297366518/

当時は、検査不合格だと、不具合障害者男子として
お見合いも来なかったみたいだね。
33:2012/06/20(水) 16:24:12.04 ID:
そうだよ。
検査不合格者は女からの侮蔑もすごかったらしい。
徴兵されないなら女のうちらと変わんないじゃん?って。
35:2012/06/20(水) 17:09:39.00 ID:
>>33
うちの祖父は20歳の徴兵検査で身長が足りず徴兵されなかったが祖母と結婚した
しかし戦争がはげしくなると男が足りなくなり結局終戦1年前に徴兵された
そのまま戦死
36:2012/06/20(水) 19:45:28.54 ID:
>日本男児の2,3割免除になってしまうだろ

それはないわ。
昔は貧富の差が激しいし。
37:2012/06/20(水) 20:09:57.78 ID:
>>36
自営業者は多かったぞ
38:2012/06/20(水) 20:25:59.73 ID:
まぁ人によって命の重さは違うから仕方ない
39:2012/06/20(水) 21:25:43.25 ID:
>>38
おまえは軽い方だというのはわかる。
40:2012/06/20(水) 21:57:02.77 ID:
こういうことを言うのはザコで有名な大阪人かエラの張った人と相場が決まっているな
41:2012/06/21(木) 19:13:06.93 ID:
華族の場合 初年兵でも私的制裁は手加減されたらしい
特に怪我させるのは厳禁だった
42:2012/06/21(木) 19:49:17.89 ID:
そりゃ、どんな縁故があるかしれないのに
地雷に突撃するバカはおりゃせんだろ。
44:2012/06/29(金) 23:11:46.21 ID:
うちの祖父は大正二年生まれだけど
一度も戦争には駆り出されてないぞ!
正直謎なんだが
48:2012/07/03(火) 13:40:52.44 ID:
>>44
155cm未満とか
45:2012/07/02(月) 02:06:08.51 ID:
軍隊内では華族は二等兵扱いされたが、
皇族はVIP扱いされたんじゃなかったっけ。
普通に考えて、枝葉に近い皇族より、近衛とか徳川の方が格上だったはずだが
この時代は逆転していた。
46:2012/07/02(月) 02:10:40.08 ID:
枝葉に近い皇族でも皇族は皇族だからな。
VIP待遇。
華族は臣であり、臣民たる自分ら陸海軍部の人間や一般国民と変わらないという認識。
むしろ目の敵に…
47:2012/07/02(月) 02:14:18.66 ID:
臣なら自力でVIP待遇を得ろということで、甘んじなきゃ成らない時勢ならそうしろ、ということ。
国民認識的にも天皇皇族と世俗権力の首相には天と地の差があった。
49:2012/07/03(火) 13:42:11.46 ID:
身長155cm未満は徴兵検査不合格だから
50:2012/07/03(火) 13:43:07.26 ID:
当時は平均身長が162cmそこそこだったから、身長155cm未満て
10人に1人以上いたんだよ。
53:2012/07/11(水) 12:24:37.31 ID:
>>44>>50
大正2年=1913年ぐらいなら全然関係ない。
富裕層なら日中戦争までに短現で軍隊生活を終えてフツーにお百姓さん

51:2012/07/03(火) 20:38:16.94 ID:
盛岡南部家の近衛騎兵中尉、南部利祥伯爵は日露戦争の奉天会戦で、
近衛師団近衛騎兵連隊の前衛中隊尖兵小隊の指揮を執って戦死している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E9%83%A8%E5%88%A9%E7%A5%A5

中隊は迂回を阻止するロシア軍に三度突撃し、中隊長は全身に九発の銃弾を受けて戦死。小隊長の一人は断崖絶壁から転落。
南部伯爵は中隊による四回目の突撃を指揮し撃たれて戦死。しかし中隊はついにロシア軍の前哨を制圧した。

南部中尉は、
「貧乏人は戦死したら遺族が生活に困る。華族は戦死しても遺族が生活に困ることはないから、
戦争になったらむしろ華族が貧乏人の身代わりになって戦死しないといけない。」
と弟の南部男爵に言っていた。大正天皇は学習院の学友だった南部伯爵の戦死報告を聞いて号泣した。

52:2012/07/06(金) 13:39:27.03 ID:
155cm以下とか、色盲とか、障害者とか徴兵免除者はけっこう恥ずかしい
条件が多かったから、社会的地位のある人の不合格は不名誉だったんだよ
54:2012/07/11(水) 12:29:08.40 ID:
>>52
それは表向きだね。健康上の都合で丙種合格だった富農の曾祖父がいるが普通に田舎で尊敬されていた
丙種合格と言われてがっかりしたのは御苦労知らずの本人だけで、人手の足りない家の人はほっとしていたという
55:2012/07/12(木) 19:58:59.01 ID:
>富裕層なら日中戦争までに短現で軍隊生活を終えてフツーにお百姓さん

1913年生まれだと、1945年でまだ33歳だから、それはない。
不合格じゃなければ、絶対に赤紙が来る。

機械系の熟練工とか、国鉄の鉄道の現業職員は来なかったらしいが。
56:2012/07/12(木) 20:15:03.84 ID:
40代でも運が悪ければ赤紙が来ることもあったそうだよ
57:2012/07/12(木) 20:24:10.55 ID:
工場の職工長だと徴兵されなかったの?

確かあの山下清も徴兵されたのでは?
59:2012/07/12(木) 23:18:38.48 ID:
>>57
山下清
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%B8%85
>無理やり徴兵検査を受けさせられたが、兵役免除となる。


されてない。知的障害なんだからされるわけないだろ。
おまえら考えが逆で、優秀な人ほど徴兵されやすい。
チビ、池沼、身体障害者、伝染病持ち、偏平足とかは
徴兵されない。
58:2012/07/12(木) 22:43:20.56 ID:
戦場に行った人の死亡者数と死亡率
本土で空襲や餓えに苛まれ死亡した人数と死亡率
地上戦のあった沖縄住民達の死者数と死亡率
一番死亡率が高いのは
60:2012/07/13(金) 10:29:46.56 ID:
工場の熟練工が引き抜かれると、工場の生産が麻痺する。
陸軍から工場へ監督役の軍人がいるが、

理解がある軍人がいると、
赤紙が来ないように便宜を図ったり、
赤紙が来ても、撤回させたりしたそうだ。

無能軍人だと、熟練工が引き抜かれるまま、減っていき、
兵器の生産ができなくなる。

無能な方が多そうだが。
61:2012/07/13(金) 12:29:22.74 ID:
実は自分の親父はある軍事工場の職工長でした。
親類の中で唯一徴兵されなかったので疑問に思われていた。
(坊さんだって徴兵されたのに何で?と思われるよね?)
生前親父は「工場守る人間がいなくなると泥棒に機械部品類が盗まれるので
空襲警報あっても防空壕に逃げられない、大変だったよ」と
よく言っていたな。
62:2012/07/13(金) 12:50:04.27 ID:
立川飛行機だったか、中島飛行機だったかの工場で、
毎日軍担当者と血の汗を流しながら、新型飛行機の設計開発中に、

その担当設計主任に赤紙が来て、軍担当者がサーベル抜いて、
役所に怒鳴り込んだとか。

賢い軍担当者なら、工場で兵器を作りやすいように、部品の納入など、
各方面に連絡をとったりして、協力しているので、

必死にやっている最中に、こういうくだらんことがあると、ぶちきれたようだ。
63:2012/07/13(金) 13:04:13.16 ID:
長男は跡継ぎなので、召集は後回し
だから長男の場合、何ともないのに戦地にいかなかった人は結構多い
66:2012/07/13(金) 14:28:24.04 ID:
>>63
明治時代に始まった徴兵令では長男は徴兵を免除されてた
だけど第二次世界大戦では長男も免除されず
昭和18年の太平洋戦争以降は身長が足りないなどの理由で落とされた
徴兵令不合格者も戦地へ行かされた
64:2012/07/13(金) 13:10:30.45 ID:
工場の熟練工には兵器を作ってもらわなければならんし、
農家の後継ぎには食料を作ってもらわなければ、

戦争はできない。

それがわからんバカもかなりいたようだが。
65:2012/07/13(金) 13:41:25.82 ID:
親戚叔父さん長男だけど戦地(満州)行ったけど?

リーマンの後継ぎには?
67:2012/07/13(金) 18:07:11.14 ID:
>>65
満州は戦地ではないかも。でも、武装した馬賊や匪賊が出るからな。
俺の先祖は、長男だけど第二次大戦前に満州に行った。

その後、コメを作れと戻されて代わりに、2男、3男が徴兵された。
3男は南方で死亡。(たぶん、戦闘ではなく食糧難)
68:2012/07/13(金) 19:12:49.53 ID:
例の小佐野賢治さんも
長男であるが中国徐州戦線に行ってる。
第二次大戦中は軍事産業の社長として
佐官待遇で日本に居たみたいだが。
69:2012/07/13(金) 21:24:43.97 ID:
父親や祖父が戦争体験者だって人は今何歳なんだ?
ここのスレは高齢者ばかりなのかな
戦争は67年前に終わってるのに
70:2012/07/13(金) 21:50:01.40 ID:
祖父が徴兵経験者だったら若くて20代、主に30代、40代くらいになるんじゃないかな。
71:2012/07/13(金) 23:01:21.35 ID:
徴兵される年齢がムチャクチャ早くて15才の人は現在82歳。
爺さん世代に戦争体験者がいる30代がいても不思議は無い。
72:2012/07/13(金) 23:15:04.35 ID:
神風特別攻撃隊だと、長男は除外されたらしいが。

長男だと、志願しても後回しに。
79:2012/07/17(火) 14:20:45.59 ID:
>>72
うちの親戚は陸軍の特攻隊の一つでフィリピンで戦死してるけど
大地主の跡取りで襲名も済ませていた。
その弟はニューギニアで戦死(餓死じゃないかとも)。
跡取りがいなくなって仕方なく分家にしていた娘婿
(教員で眼が悪かったので兵隊に取られなかった)を
呼び寄せて跡取りに。それが俺の曽祖父。

大地主だからって優遇なんてかけらもなく、
むしろ現場では大地主の跡取りを狙って激戦地に送ったんじゃないかとさえ思う。
だとすれば農地改革は戦前の内務省官僚が描いた青写真だけでなく
戦中の皇軍内部でも密かに進行してたようなものだな(笑)
73:2012/07/15(日) 11:59:17.07 ID:
松本清張は、34歳7人家族の長であった時、徴兵された。近所に二十台の
独身男性が数名いたにも拘わらず。戦後、何とか帰還した彼はその辺の事情を調査した。
その結果、町役場の兵事係に賄賂を送れば、召集令状が来ないようにする事が
出来たのを知り、これを元にした小説を書いた。
要するに、地獄の沙汰も金次第。
74:2012/07/16(月) 17:26:48.72 ID:
犬神家のスケキヨだって徴兵されてるだろ。
金持ち、貧乏人を問わず徴兵されるのは、あの時代の常識。
75:2012/07/17(火) 00:47:44.99 ID:
徴兵が平等に選抜されたと言うのはあくまでも、建前。
いくらでも、地元の有力者の圧力で、兵事係の裁量に影響を与える事が可能だった。
そうやって、徴兵を逃れた連中はいくらでもいる。
要するに、正直ものが馬鹿を見る典型。
また、運悪く徴兵されても、中隊の人事係准尉に賄賂を贈って、野戦に出されないように
することもできた。
76:2012/07/17(火) 13:51:01.47 ID:
絶対に徴兵されないのは兵事係
77:2012/07/17(火) 13:56:47.80 ID:
戦時に20歳前後だったら徴兵はまず免れ得ないようでしたけどね
78:2012/07/17(火) 13:59:50.22 ID:
30過ぎると大概妻子持ちだから本当は逃げたかったはず
それでも来るときは来てたみたいだからそういう時にコネの差が効いたのかなあと
40過ぎ妻子持ちでも徴兵された人もいたみたいだから
80:2012/07/17(火) 20:15:11.17 ID:
日本全国同じ基準だと考えるのが間違いなのでは?

地区毎に徴兵していたのだから、手心を加える人が人事のトップに居ればそうなるし
厳格な人が居れば、誰であろうと公平に徴兵する。
81:2012/07/18(水) 14:58:58.26 ID:
徳川慶喜の孫に当たる公爵家の長男の人、虚弱体質で丙種合格だったから
赤紙来ないよなーって、家族でしゃべってたけど、戦争末期に徴兵され、
ビルマ戦線に行ったらしい。戻ってこれたらしいけどね。
あと、高松宮妃の妹の夫の松平なんとかという人も徴兵されて戦死。
冷泉家の当主も徴兵されて戦死。赤ん坊の娘が1人いたけどそのせいで、
冷泉家の一子相伝が完全に失われた。
84:2012/07/18(水) 18:47:39.48 ID:
>>81
徴兵されたのは冷泉家の当主じゃなくて当主の長男ね。
冷泉家22代当主冷泉為人の長男冷泉為臣が徴兵され、昭和19年に戦死した。
そのため、昭和21年、長女冷泉布美子に婿養子をとって冷泉家23代当主とした。
布美子は赤子ではなく、大正5年(1916年)生まれ。
父の為人は昭和21年(1946年)まで生きている。

83:2012/07/18(水) 15:00:56.05 ID:
>戻ってこれたらしいけどね。

戦死せず、終戦を迎えられたって意味ね。
85:2012/07/18(水) 19:16:17.47 ID:
宮様や華族の例なんかみて思ったけど、

いわゆる名士の子弟は
むしろ「戦意高揚」を目的とした配慮で
決死隊やら特攻隊やら激戦地送りといった
「派手な戦場」に送られる目に遭ったんじゃないだろうか。
超VIPの場合だと、送られた後比較的安全な場所にいられたかもしれないが。

有名人の出征はよく新聞記事になったようだしね
86:2012/07/18(水) 20:23:25.21 ID:
たとえば、バロン西の場合はどうなの?
男爵だったんだろ。で、絶対玉砕確実な硫黄島配備にされちゃうんだぜ。

でも…軍人だから仕方ないか。
87:2012/07/18(水) 21:03:46.57 ID:
だね。バロン西は職業軍人だし軍歴も長いから、北満守備から大戦末期には
硫黄島まで行ったのは有名人ゆえの特別扱いというわけではないだろう。

有名人の招集で悲惨な例としては、スレチになるけど巨人の投手沢村栄治だろうか。
三度も招集されてマラリアを病んだり手榴弾投擲で肩を痛めたりの挙句に戦死。
大学に行かなかったのとスポーツマンだったのとで兵隊に取られやすい条件が
揃っていたろうし、もし戦意高揚のための有名人利用という目的もあったのなら尚更だ。

88:2012/07/19(木) 09:27:14.14 ID:
不公平だったのは、徴兵だけではない。戦況が不利になり、軍需工場が爆撃
にさらされていた時、動員された中学生や女学校の生徒でも、華族や上級
官僚の子女は、動員を免除されるか、爆撃の恐れのない工場に配置されていた。
89:2012/07/19(木) 09:38:40.63 ID:
『斜陽』の主人公は華族の子弟だけど動員されてたな。
あれはモデルとなった手記があったんだよね。

90:2012/07/19(木) 16:25:01.40 ID:
既出かもしれんが、近衛元総理の長男・加賀前田家当主・徳川将軍家当主など
91:2012/07/19(木) 16:30:07.91 ID:
前田利貴だっけ 加賀前田家の出身で
戦犯として東南アジアで処刑されたの

93:2012/07/19(木) 22:48:11.47 ID:
>>91 前田利為のことかな?加賀百万石の前田美意子の父だよね。
  普通に飛行機が撃墜されて戦死だよ。

前田利為は職業軍人で(徳川家と前田家の当主は武家代表で職業軍人に
なることを要求されたらしい)士官学校で東条英機と同級生。

同級で東条英機を下級武士身分の芸人の子孫と小馬鹿にして
(東条英機は能の家出身)東条英機に嫌われて、激戦地に送られたんだっけ。
94:2012/07/20(金) 06:36:03.70 ID:
>>93
利為とは別の人
前田斉泰の曾孫

前田利家の子孫
立派な人多いね
92:2012/07/19(木) 17:08:43.05 ID:
処刑?戦死じゃなかったのか?
95:2012/07/20(金) 09:00:07.75 ID:
徳川や豊臣 平家 源家や公家の末裔達も
駆り出されたの?

96:2012/07/20(金) 09:33:10.92 ID:
徳川慶光
慶喜家の公爵で東京帝大卒
んで、二等兵として徴兵され、終戦時は上等兵

97:2012/07/20(金) 09:33:46.15 ID:
島津家はどうなんですかね
98:2012/07/20(金) 10:46:59.71 ID:
島津家当主は職業軍人だったはず
あと、有名どこだと
有馬家の嫡子が徴兵
裏千家の嫡子が学徒出陣とか
99:2012/07/20(金) 10:52:02.78 ID:
>>98
ありがとうございます
100:2012/07/20(金) 13:03:51.17 ID:
北条家の子孫の方も子爵で職業軍人(海軍中尉か大尉)
のちに「先生」の会の会長になられた
101:2012/07/20(金) 13:13:32.95 ID:
在外邦人って徴兵されたの?

戦前に結構移民っていたよね 一世は徴兵されたんか?

徴兵逃れにブラジルいくとかいたのかな
104:2012/07/21(土) 13:21:21.76 ID:
>>101
移民自体そんな楽な話じゃないし
ブラジル等はアメリカ・欧州の影響が強かったらしく、財産没収や強制収容されたらしい
102:2012/07/20(金) 23:38:15.31 ID:
戦争も後半になると、かなりエゴがまかり通るようになった。
特攻で出されたのは、学徒上がりの予備士官や予科練出身下士官が大半で
普段から特権的な立場を享受していた兵学校上がりの
士官たちは殆ど温存されていた。このことについて、戦艦大和の著者
である吉田満さんは鋭く、彼らの欺瞞的な愛国心を批判していた。
103:2012/07/21(土) 03:42:19.08 ID:
在外邦人で悲劇にあったのは日系アメリカ移民でしょう。
真珠湾以降差別的に収容所に送られ(同じ敵国でもドイツ、イタリア移民は送られていない)
同胞を救うため自ら志願して日系アメリカ部隊(第100・第442統合戦闘団の一大隊)
を作りヨーロッパ戦線でドイツ軍と死闘をしたのは有名。
映画にもなった。ミュンヘンのダッハウ収容所を開放したのも日系部隊。
105:2012/07/21(土) 13:43:26.94 ID:
マジ質問です。

私の家は、太平洋戦争時、召集令状かなにかで、祖父はいきなり陸軍の中隊長で赴任しました。
私の家は、代々庄屋で、室町時代から続き、村長などもやっていた家です。
で、軍刀を差し、馬に乗って出征していっています。

それで、近所のばあさんが、
「昔は、500円払えば将校になれたんだ!」
と嫌味にいってきます。
当時の500円は相当なものだと思いますが、
そのような制度があったのでしょうか?

また、なぜ、私の祖父は、いきなり中隊長になれたのでしょうか?

詳しいか炊いたら、この二つの質問教えてください。!!
106:2012/07/21(土) 13:51:08.70 ID:
>>105の続きで付け足しますが
軍刀を差し、馬に乗って出征したというのは、
村で出陣式の際、そのような形で村を練り歩いて出征し、
また戻ってくる際も、そのような形で戻ってきて村内を練り歩いた!という意味です。

そして明治や大正は職業軍人ではありません。村長をやったりしています。

107:2012/07/21(土) 17:17:32.08 ID:
>>105
>私の家は、太平洋戦争時、召集令状かなにかで、祖父はいきなり陸軍の中隊長で赴任しました。
>で、軍刀を差し、馬に乗って出征していっています。

どこまで事実に即しているのか分からんが
可能性としては学徒出陣組の即席士官かな
111:2012/07/21(土) 17:43:18.78 ID:
>>107
いや、地元の歴史に写真で乗ってる。
地元の村で将校?中隊長クラスはもちろんうちの家のみだからかもしれないが、
馬に乗って軍刀差して、敬礼しながら出征してるところが載ってる。

>>可能性としては学徒出陣組の即席士官かな
祖父は大学は出ていません。戦後は古典の高校教師をしていましたが、大学はいってません。

近所の嫌味なばあさんが言うように、500円で将校になれたという事実はやはりないですよね?

どうしてうちの祖父がいきなり戦中に中隊長として出征できたのかわかりませんか?
うちは庄屋でも上層のほうだと思うので、高額納税者というのがなんか関係あるのでしょうか?
明治初期より村長しているので、当時選挙権すら持ってるのは高額納税者に限られてのことだろうと思うので、
私の家は近隣では高額納税者の部類だと思います。
これ関係あるんですかね?

124:2012/07/21(土) 22:20:48.22 ID:
>>105
お祖父様の年齢を考えると、太平洋戦争が最初とは考えにくいので、
日華事変の初期から何度か招集されて少しずつ軍功をあげたんじゃないでしょうか。

あるいは階級がはっきりわかっていなければ、出陣の景気づけに軍服だけ将校に
してみて、入隊前に着替えた可能性も・・・死にに行くんだからと大目に見られたとか、ありそうです。
だとしたら500円というのは軍服(ともしかしたら大目に見てもらうため)の費用でしょうか。
126:2012/07/22(日) 01:00:37.53 ID:
>>124
>>少しずつ軍功をあげたんじゃないでしょうか。
それはないと思います。
中華事変に言ったとは生前聞いてませんから。
そのくらいまで遡ると相当若くなってしまいますよね。
>>出陣の景気づけに軍服だけ将校に
>>してみて、入隊前に着替えた可能性も・・・死にに行くんだからと大目に見られたとか、ありそうです
こんなことが当時許されていたのでしょうか?軍刀差して馬に乗ってですか?
誰が用意するんでしょうか?うちは庄屋だからできたかもしれないけど、
でも当時そこまでしますかね?
>>500円というのは軍服(ともしかしたら大目に見てもらうため)の費用でしょうか。
今の一千万以上にあたるらしいですよ当時の500円は。
この時点で無謀でしょいくら庄屋でも。

ちなみに、わたしの家に祖父が死んで20年近くたちますが、
つい数年前までよく人が訪ねてきました。それは2種類の方です。
一種類目は、戦中疎開してきた家族を何組も長屋に住まわせていたそうで、
ありがとうございました!という高齢の方たち。

もう一種類が、祖父の部下だった若年兵だった方たちです。
中隊長殿にはお世話になり、生きられて今があります・・という感じです。
わたしの祖父が生前、頭の使えるものは年齢問わず身の回りに置き、
他は死傷率が高い偵察にやったといってました。
その身の回りにおいて生き延びさせた頭の使える若年兵の人たちのようです。

わたしの祖父が、本当に中隊長だったかの信憑性ではなく、わたしの祖父はなぜ、
いきなり召集で中隊長になれたのかを知りたい。
そこに、庄屋である特性の高額納税者等や、
村長していたという統率力、が関係あるのか。
ないならほかに何があったのかをお聞きしたい。

166:2012/07/25(水) 19:27:50.48 ID:
>>105-106
>>111
これらを総合して考えるに、やはり若い頃、一年志願兵だった可能性が高いな。
108:2012/07/21(土) 17:23:14.72 ID:
薬剤師のジジイに変なのがいるので変だなーと思っていたら皆徴兵逃れで学校入学
うまくのがれたみたい。理工系は学徒がなく薬学専門学校って理工系でも目立たない学校だった。
でも皆末路は人に相手にされない淋しい人生だよ。学校中退してまで航空隊に行き
復学した人は大会社作ったよ。やっぱり行く時は行くってーのが男。
109:2012/07/21(土) 17:30:55.89 ID:
家族があっても行く時は行くってーのが男だったんですからねー
結果の知れてる今から見ればなんとかして逃れるのもありだったかもしれないが、
当時は何とかしなければどんな事になるか分からないと信じられていたわけで。
実際保証などどこにもなかった。
そのような状況にあって逃れようというのは考えられないことだったのは想像に難くない。
110:2012/07/21(土) 17:39:24.40 ID:
>>44
うちのおやじは大正2年生まれ。外地(ジャワ島)にいたから満州事変、シナ事変には
行かない。外地居住者は徴兵猶予だった。大戦勃発してからは軍属通訳でジャワ島に行った。
19年に30歳越して二等兵でトラック部隊に入隊してこきつかわれたって。
当時日本の男って90%車の運転ができなかったんだと。戦後は車の運転は雲助のやる
ことだとか言って絶対に運転しなかった。
112:2012/07/21(土) 17:49:48.03 ID:
大正生まれに大卒なんかほとんどいない。旧制中学がいいとこ。教員も検定
試験でなるのがほとんど。師範卒もわずかだった。今みたいに進学しなかった
のだよ。車だって運転するのは運転手で紳士は後ろに乗るものだった。
113:2012/07/21(土) 17:50:45.23 ID:
続きですが、古典の高校講師は戦後直後のことです。
おそらく非常勤かなんかだったんだろうとは思います。
うちの蔵に巻物が腐るほどあるので、その読解で、
なんらかしか古典の教科に精通して短ではなかろうかと予想されます。
ああ、そうだ、漢文を教えていたと聞いてます。
まー関係ない話ですが、誤解がないようにいちを。
114:2012/07/21(土) 17:58:29.16 ID:
最近知ったが代用教員に師範卒でもなく検定試験も受けていない教員が沢山いたこと
知った。80歳くらいのばーさん戦時中男がいないので代用教員になり戦後そのまま
教員として長く務め、たんまり退職金もらって海外旅行に何回も行ったって。
おれ6人知ってる。ふざけるな~。
115:2012/07/21(土) 18:02:08.67 ID:
>>114
そうなんですか。
ただ、うちは、代々庄屋で、代々村長ですし、
わたしの家に役場が設置され、会議室跡の土間などがありました。
村内の行政はすべてわが家が単独で行ってきてましたので、
大学は出てなくとも、それと同等の価値は認めてもらえてのこととは思います。

117:2012/07/21(土) 18:09:05.26 ID:
>>115
じいさんがいくつか分からないが
学徒出陣の学徒は旧制大学、旧制高校、旧制専門学校等が含まれるから
高校教師なら、高等教育は受けているはずだよ
120:2012/07/21(土) 18:19:02.13 ID:
>>117
わたしの祖父が出陣したときは20代中後半だと思います。
十代とかじゃないです。
そして、学徒出陣ではないのは間違いありません。
そんな話も、村の歴史にも書いてありませんでしたし。
やはり高額納税者優遇見たいのがあったんですかね?

116:2012/07/21(土) 18:08:03.04 ID:
>>114
ちなみに祖父は、村内の学校という権力化にある学校ではなく、
隣の市の今の進学校の高校の漢文教師です。
大きい市なので、誰かしかいたとは思います。
が、わたしの祖父が漢文の教師になれたのは、適当な人選ではないと思います。
漢文や漢詩は死ぬまで研究してましたし。

118:2012/07/21(土) 18:10:40.73 ID:
そもそも教育って代々庄屋とか元侍とか、お寺の坊主とか人格者がなった仕事。
「威厳」のある人がなった。今、それが欠けている。みんな「おともだち~」
なんてバカ言ってるからおかしくなった。
119:2012/07/21(土) 18:17:23.56 ID:
庄屋がそれなのに侯爵が二等兵徴兵で戦死とはどういうことなんだろうな。
人の目に晒される度合いが大きい有爵者であるがゆえか。
121:2012/07/21(土) 18:24:03.61 ID:
>>119
確かにそうですよね。
だからわたしもなぜなのかと・・・
ただ、財力で言ったら、旧華族の末端などは目じゃないほど庄屋は財力あると思います。
墓や屋敷や蔵、土地、などの財力はおそらく旧華族の末端の数倍あると思います。全国平均でも。
墓ひとつでも、江戸期まではわたしの胸くらいの大きさの石墓が代々でしたが、(おそらく規制されてたと思います)
明治期や大正期の墓はわたしの身の丈越える石墓になってます。


122:2012/07/21(土) 18:31:55.30 ID:
旧華族というのは殿様以外は元貧乏侍、公家という町の人。庄屋というのは田舎の土地人管理人。
比較しようがない。

123:2012/07/21(土) 18:40:31.48 ID:
大岡昇平は徴兵されて、捕虜になったんだが
アメリカ側が驚いたらしい
大学出(京都帝大)の人間が最下級の兵士(二等兵)になっているってことに
129:2012/07/22(日) 06:26:14.98 ID:
>>123
アーロン収容所を書いた会田雄二も京都大卒で二等兵。
125:2012/07/21(土) 22:58:50.35 ID:
うちの爺ちゃんは田舎の地主の5男。
旅順工科大出て、そのまま大陸にいたら現地で徴集されて、整備兵で予備士官というよくわからないことになったらしい。
ちなみにトラックとかの整備してたらしい。
内地から来た士官は大陸のことが何もわかってなかった、って言ってた。

ついでにいうと、上の兄ちゃんたちがみんな戦死したんで、戦後は家を継いで(っても農地解放で畑が殆どなくなったけど)、地方政治家やってた。
127:2012/07/22(日) 01:12:03.03 ID:
いやいや、本当にいきなり召集で中隊長だったかどうかが肝心。
前提、事実関係が間違っているのにあれこれ類推しても仕方がない。
132:2012/07/22(日) 12:27:16.20 ID:
>>127 ←この人馬鹿なの?
133:2012/07/22(日) 12:31:11.21 ID:
>>132
ん?2chでそこまで要求するのは「無粋」だって?
134:2012/07/22(日) 13:01:56.42 ID:
>>133
いやいや、>>127が知識が欠落してるアフォ丸出しだなと思って
128:2012/07/22(日) 04:48:08.13 ID:
金持ち家ゴホゴホ作戦は有名
非国民と仇名すところは多いけどゴホゴホ作戦
130:2012/07/22(日) 08:17:03.76 ID:
徴兵逃れの方法に、健康診断で、肺結核と診断して貰う事もある。
軍隊は、いわゆる肺病患者を忌み嫌った。
診断担当の軍医にコネがあったり、実家から金品を送れば、いくらでも
可能だった。これで即日帰郷になった人が私の祖母の知人にいた。
これも。ゴホゴホ作戦の典型。
146:2012/07/22(日) 17:28:26.96 ID:
>>130
肺病を装って徴兵逃れをしたのは三島由紀夫だよね。

でも三島由紀夫は、人に後ろ指さされつつ、白い目でみられつつ昭和20年に東大に入学。
(昭和18年から学徒出陣が始まっていたので、この年の東大入学者はわずか28人)

終戦の年に、入る人間がいないので、ほとんど無試験で入った三島由紀夫が頭いいみたいな扱いなのが変。

でもこの三島由紀夫は死ぬまで、徴兵逃れにコンプレックスを持ち続け、ああいう死に方をした。

まあ、戦友会にもはいれないし、死亡率2割の辛い試練から逃げた奴に友達ができないのは
当然の帰結だろ。

131:2012/07/22(日) 09:39:11.33 ID:
あと、巡査になれば多少のお目こぼしはあったらしい。
全部が全部ではないけどね。
うちの爺ちゃん、太平洋戦争の頃は警視庁巡査だったが、見事に赤紙が来た。
復員後は巡査辞めて製鉄所の工員になったけど。
135:2012/07/22(日) 15:40:30.04 ID:
あのさw
夏厨だろうけど軍歴もない自称村の名士が
いきなり仕官で中隊長とかぜーーったいにありえないからwww
軍板で聞いてこいゆとりwww
136:2012/07/22(日) 15:42:46.32 ID:
徴兵時にまとまった金を支払って徴兵年限短縮して除隊時に予備士官
少尉とかになる制度はあったらしいけどねw
名士だけで中隊長とか500円支払ってなんてただの嘘
144:2012/07/22(日) 17:20:47.12 ID:
でも大卒者の8-9割は士官試験を受けて、これはほとんど全員合格するような
簡単な試験だったため、大卒の人は、出征時には、ほとんどが少尉だったはず。

でも、少尉だと、中隊長なんてありえない。せいぜい小隊長だろ。
145:2012/07/22(日) 17:26:37.96 ID:
>>144
まずは候補生から
馬に乗って出征なんて絶対にありえない^^
158:2012/07/22(日) 19:35:15.99 ID:
陸軍士官学校合格者ですら入学前に半年くらい二等兵を経験することが義務付けられてたんだろ?
そこから在学中に昇級していくって形で卒業したら少尉任官だったっけか?
165:2012/07/25(水) 19:18:03.76 ID:
上の方に書いてあった、いきなり士官で出征したオッサンの話って、
話を聞いたやつの勘違いで、実際には一年志願兵で少尉に任官してたから、
乗馬帯刀で出征したり、カネの力で云々とか言われたんじゃないの?

昭和初期まであった一年志願兵の制度だと、入営中の費用を自弁するかわりに、
短期の兵役で予備役士官になれたんだろ?
169:2012/07/28(土) 21:16:05.26 ID:
戦争の時って、坊さんや神父さんも徴兵されたの?
172:2012/07/29(日) 09:30:57.07 ID:
僧侶に殺生させた日本軍を軽蔑する。
178:2012/07/29(日) 14:29:48.84 ID:
義務を放棄して権利ばかり主張するようになった集団や個人は終わってるよ。
190:2012/07/29(日) 21:57:10.80 ID:
43歳で徴兵礼状がきた白洲次郎ってすごいなw
甲種合格でよほどいい成績だったのかな。

いろいろ理由をつけて、徴兵逃れしたみたいだけどこの年齢なら
逆に、嫌がらせ徴兵かとすら思える。

が、徴兵逃れとか白洲はジェントルマンでもないわーw
200:2012/07/30(月) 08:51:29.51 ID:
はぁ?
205:2012/07/30(月) 20:01:33.71 ID:
必要最小限の国防力や、そのための最新鋭の兵器は必要だと思うが、
憲法でおおっぴらに国軍とか国防軍の存在を認めてしまうと、
戦前の旧軍みたいに増長して、国民に滅私奉公を押しつけてくるからな。

現代の先進国では徴兵制は時代遅れで非効率的なことは常識化しているけど、
万一の保障として、軍隊は日陰者扱いで手かせ足かせしといた方が安心だな。
213:2012/07/31(火) 03:11:47.35 ID:
戦前の日本で行われていた徴兵忌避の方法。

(1)分家・他家に入籍あるいは絶家廃家を興して戸主となること
(2)養子となること (3)嗣子となること (4)兄弟を他家にやって独子独孫となること (5)病気や事故の父兄を作為すること (6)北海道および琉球に転籍すること
(北海道は明治15年2月8日まで開拓使管轄下、琉球は明治12年4月4日に沖縄県となるが、徴兵令は明治29年1月1日に一部が施行されたのみ) 
(7)戸籍の杜撰なことに乗ずること (8)代人料のの上納 (9)原籍地よりの失踪という非合法手段をとる

明治16年12月の徴兵令大改定は、軍備拡大をめざす常備兵増加と徴兵忌避の防止を主眼としたものだけに、民衆の不安を増幅させた。明治17年の各地の
戸長役場では戸主替えや養子縁組届、偽死亡届、結婚届などでにぎわい、東京府下では養子縁組の周旋屋が大繁盛したという。
217:2012/08/01(水) 09:22:42.04 ID:
太平洋戦争末期の義勇兵役法だと満17歳より満40歳までの女子全員も含まれてるぞ
230:2012/08/04(土) 20:34:09.48 ID:
田舎の爺さんは徴兵逃れた
多額の税金を納めることで徴兵を免除されたと
ばあちゃんが言ってた
231:2012/08/05(日) 01:58:57.38 ID:
有名な正田家の縁戚となった名家の息子さんは
父親が名士で特別な資産家だったため軍部に相当な寄付をしたのか
中国へ出兵しても相当楽なポジションだったそうな

同じ時期に獣医として中国にいた大伯父は
軍馬様のお世話で相当こき使われ、しんどくて泣きごとを言っていたのに
おぼっちゃまは特別扱いで汗を流す事もなかったそうですよ。

241:2012/08/06(月) 01:24:24.29 ID:
>>231
軍馬の世話も戦争の中では十分楽なポジションだろwww
そもそも中国に派遣された段階で、全員が超ラッキー。
南方とかにいかされた人間からすると「軍馬の世話が大変(失笑)」だよ
つまり、おまえの大伯父さんこそ、金詰んで、南方じゃなくて中国に行かせて
もらったんじゃね?と疑われている。
243:2012/08/06(月) 10:35:47.63 ID:
>>241
そういう思考が、補給軽視に繋がるんだけどな…。
233:2012/08/05(日) 19:04:43.79 ID:
近衛や徳川みたいな公爵クラスの華族が徴兵された話は聞くけど、
財閥の当主や跡取りが徴兵されたって話は聞かないな。
234:2012/08/05(日) 22:36:49.99 ID:
公的な性格が強い家系(皇族や名家)の子弟は入隊して
財閥や大商人の子弟は戦争に行かなかったイメージ。

国民「兵役逃れなんて最低だ!」
名家の子弟「面目が立たないし、行くしかないか…」

国民「兵役逃れなんて最低だ!」
財閥「だから?不買い運動でもする?そんな事したら国民のほうが生活出来ないよねww
あっ、軍のお偉いさんこれをどうぞwwつ ソデノシタ」
253:2012/08/06(月) 23:59:05.52 ID:
戦争体験の話で、立教大卒なのに、士官試験受けなかった人が
壮絶ないじめにあって、いやがらせをされて水も食料ももらえず、
輸送船の中で、水をくださいと調理場のコックに泣きついてきて、
コックが水をやると、どんなに酷いイジメにあっているかという話をして
感謝して帰っていったが、輸送船がフィリピンにつくまでにその人は
拳銃自殺してたって話があったな。
257:2012/08/07(火) 14:21:13.50 ID:
松浦の殿さんは軍曹にまでなったことを司馬遼に
誇らしげに語ってたんだよ。
で、負傷した小作人出の将校おぶって戦場を
逃げ回った話とか、兵営はともかく戦場じゃ
いじめどころじゃねえわな。
260:2012/08/07(火) 17:56:05.04 ID:
陸軍士官学校や海軍兵学校の難度は帝大(東大)なみで
当時大学に行ったと言っても東大も可能性があるレベル
でなければ合格するのはたぶん無理。それくらいの難度。
小作農だろうが華族だろうが関係ない実力主義の極。
大学は金がある家でなければ行けなかった。
265:2012/08/07(火) 19:42:37.14 ID:
そもそも大学にいけるような階層は、はなから軍学校など受けないのだから、
難易度を比較するのもおかしい。

頭が悪い遺伝子が多い貧乏人の中で賢いということでいいんじゃないの>軍学校

268:2012/08/07(火) 20:59:39.02 ID:
いや、帝大、軍学校には、華族枠がある。
ちなみに皇族も無試験。

近衛文麿はあまりに馬鹿だったので、家族の大勢いる東京の帝大では
馬鹿がバレるというので、京都帝大に行かされた。
273:2012/08/08(水) 14:52:52.91 ID:
年齢的には召集されてもおかしくない蜂須賀侯爵が召集されずに道楽生活をエンジョイして、
将軍慶喜の孫で直宮妃の実の兄弟だった徳川公爵が二等兵で何度も召集って、不可解だな。
275:2012/08/08(水) 19:22:52.91 ID:
>>273
士官候補生にもなれなかったの?

だったら恐らく反東条か赤くさかったのかもね
274:2012/08/08(水) 18:39:40.64 ID:
中公新書の「学歴・階級・軍隊」って本によると、軍学校や師範学校
などの授業料が無料で貧乏人の巣窟になってた学校では、それらに在学
したり、卒業したりしたものがどんだけ都会で馬鹿にされたかを
書いてあるな。まさに「税金泥棒の貧乏人」という理由で。

軍学校や職業軍人というのは、戦争中は偉そうにしてるが、平和なときには
すごく馬鹿にされる代物なんだな。だから職業軍人は権益拡大のために
戦争を起こしたがるんだろう。



278:2012/08/08(水) 20:51:20.80 ID:
>>274
昭和初期のイメージがあるからアレだけど
大正自体とかは陸軍なんかは軍服で出勤すると周りから白い目で見られていたからね…
279:2012/08/08(水) 21:03:01.83 ID:
士官候補生試験はあえて受けない人もいたんだよな。
士官になると在営期間が延びて除隊が遅れるのと、戦死の確率が高くなるから。

でも輸送船ごと海の藻くずになったり、ジャングルで餓死したり、
玉砕で全滅するような戦争末期だと、士官も兵も関係ないな>在営期間と死亡率
281:2012/08/08(水) 23:52:57.38 ID:
>>279
でも、期間以外は、士官のほうが良かったと思うね。

士官のほうが宿泊する部屋がいい。
食料が違う。食堂が違う。士官のほうが上。
病院の形質が違う。士官の病室は、ベッドありで一部屋あたりの
ベッド数も少ない。手術も士官を優先。

同じ階級は、大卒の同じようなインテリが多い。話が通じる。
貧乏人上がりの職業軍人の士官のほうもいるが、小卒農民と
比べればまだ話が通じる。
283:2012/08/09(木) 02:32:31.54 ID:
追加していうなら陸軍と海軍では意識構造がやっぱり違うんだろうな
陸軍の場合は士官でも尉官クラスだと前線に出たら一緒に泥水を啜る生活だけど
海軍の場合は貴族制度が根付いていたイギリス海軍を元にしているのもあるが
士官と下士官以下では待遇が全く違うからね
人気で言っても都市部で人気がなくて、田舎だと強い人気の陸軍と
都市部中流層に人気で、田舎でもそれなりに人気がある海軍では
田舎成分が強い陸軍と都市派な海軍の違いが出てきたのかね…?
285:2012/08/09(木) 11:52:21.12 ID:
アーロン収容所と言えば、大学教員が一兵卒だったことを英軍側は不思議に思って、
なかなか信用してくれなかったらしい。

欧米の軍隊では、召集されてもシャバでの社会的地位に相応の階級や役目が与えられるから、
大学講師→二等兵とかありえないらしい。
実際、日本に進駐してきたGHQの将校も民間企業の幹部や弁護士などの出身が多かった。
294:2012/08/24(金) 18:10:28.23 ID:
まあ、軍人や軍隊がそれくらい白眼視されてる方が、
軍人が威張ってる軍国主義の社会よりはマシだけどね。

自衛隊は創設以来、9条の下、ずっと日陰者扱いだったけど、
よく我慢してここまでやってきたと思う。
でも、これからもあえて日陰者に甘んじてもらった方がいい。
日本の民主主義のためにも。
296:2012/08/24(金) 20:11:13.08 ID:
>>294
軍人が威張ってる軍国主義国家か、軍人が日陰者の国家の二択しかないのはおかしいだろw
世界中のほとんどの国では軍人は地位にふさわしい敬意を持って遇されてるわけで
日本でだけ日陰者扱いされる必要はないと思うが?

それよりも気になるのは自衛隊が旧軍の伝統を引き継ごうとしてること。
特に海自の護衛艦の最近の命名は異常。
引き継ぐ名前のほとんどが太平洋戦争当時の在籍艦とか・・・
301:2012/08/27(月) 00:43:27.22 ID:
>>296
「陸軍はフランス式からドイツ式に変えたのが…その点海軍はイギリス式で通してきたから…」
昭和天皇だったか、両軍の組織論を語っている。
この種の伝統が脈々と受け継がれているんじゃないかな。

軍艦は、ゲン担ぎのこともあって名を受け継がせるのは世界的にも当たり前
それに、今でも「大和だ」「長門だ」「雪風だ」って名前のイメージはまだ生きている
命名形式を変えてしまう根拠は、逆に理解してもらえないだろうね
307:2012/11/14(水) 08:27:59.70 ID:
都会の高学歴層は知らないが、農村部の富農層では、前線で戦没した人間は結構いる。
短現?で入隊した跡取り連中ですら、陸軍の気風にかぶれて勤務を考えるなんてことがあったらしい。

だから、都会の高学歴層でも、ある程度は従軍率が上がったんじゃないか。
321:2013/03/07(木) 22:02:13.38 ID:
地主の長男で180cmオーバーのイケメンだったうちの祖父は終戦時近衛で皇居にいたようなんだが志願か召集かわからん

召集で近衛ってありえんの?
327:2013/04/11(木) 12:01:12.78 ID:
うちのじいさんは、召集され習志野に集合して、すぐ終戦。
風呂に入ったぐらいだと。

軍用犬が不要だってことで、犬を連れて帰ってきて、婆さんに叱られたそうだ。
商家なので小金持ち。
328:2013/04/11(木) 18:41:52.92 ID:
>>327
良かったな。
九十九里上陸作戦があったら生きてなかったな。
というかあんたかなりのオッサンだな。
349:2013/09/09(月) 21:13:04.60 ID:
金持ちも普通に徴兵されただろうけど、
意に反して徴兵された貧乏人が軍隊に感謝してる映画あったな。
「拝啓、天皇陛下様」渥美清主演。
主人公が毎日白い米の飯が食えたのに感謝して本気で陛下に
お礼の手紙を書くという反戦映画(?)
353:2013/09/10(火) 20:14:41.11 ID:
あからさまにその地域の「お嬢様」たちが動員されずにいたのを指摘しようとした人が
急に出張を命じられ、出張から戻ってみれば「お嬢様」たちは安全な場所に移動していた
とかいう話はどこかで読んだ。出典がわからないのでソース無しということで。
357:2013/09/14(土) 20:11:11.12 ID:
国より自分が大事なんて集団が、なんで国に自分を平等に助けてもらえるなんて
思い上がってるんだろうね。

思いで足りなければ、能力かな。それで納得できないから、思いが足りないとばれるんだ。
364:2013/09/20(金) 20:09:33.21 ID:
陸軍は究極の平等社会であると同時にかなり公平に徴兵したんで社会の縮図でもあった。
陸軍の雰囲気が問題なら社会的にも同じ病巣を抱えてるってこと。
当時は陸軍の暴走は国民から絶大な支持を得ていたでしょ。
370:2013/09/21(土) 01:29:21.06 ID:
>百姓やエッタに限って地主とか武士の子孫が好きなんだよな

これは余計だw 東北北部在住だが、ウチの地区はほとんどの農民が先祖をたどれば武士で、
元から農民なのは少ない。なぜなら、戦乱で負けた武士が田舎に逃げて来た歴史があるからだ。
373:2013/09/21(土) 13:53:24.57 ID:
>>370
そもそも兵農分離してないんだから農民=武士だろ。
なんで半分本業農民たまに武士なのに「武士の子孫」てアピるんだろ。
百姓のコンプレックス丸出しじゃん。
389:2013/09/23(月) 14:39:07.57 ID:
エンジニアが優遇されたのは有名。
でも帝大クラスは必要だったのかな?
393:2013/12/08(日) 23:33:53.80 ID:
中央省庁の役人も徴兵されなかっただろうな
395:2013/12/09(月) 06:10:30.27 ID:
東条の再評価がされてるみたいだけど、実際に自分や肉親知己が前線に飛ばされた奴は
絶対に恨み残してると思うね。懲罰で前線と言えば東条。右翼リベラル都会田舎とか関係ない。
農村で村長クラスで、皇道派の同情者と密告された奴が家族を前線に送り込まれてたりする。
406:2014/03/29(土) 13:20:15.16 ID:
地主は小作人と違って栄養状態がいいし、先祖代々、小作人の中から美人の嫁をもらえる立場だから、
体格がいい美男が小作人よりは出易いのも当然といえる。
423:2014/04/08(火) 06:53:49.40 ID:
>>406
その原理でいくと天皇や将軍家は体格の良い美男じゃないといけないのに
慶喜は身長150cmだし、天皇は背が小さいよね。
426:2014/04/08(火) 09:12:07.32 ID:
>>423
身長は、嫁が小さいと一定確率で小さい男子が生まれるからね。女は普通小さいほうがもてる。
あくまで確率の問題。
将軍はともかく天皇は家格が高すぎて、美貌よりも家格その他のこまごました条件で
配偶者を選ばざるを得ないしね。
429:2014/04/08(火) 18:27:37.86 ID:
>>426
日本だけじゃなく朝鮮も両班(支配階級)は白丁(奴隷階級)とくらべて身長がかなり低い。
日本では貧困地帯の東北が一番平均身長が高い。

上流階級では低身長は淘汰の原因にならないが、労働者階級では低身長が淘汰の原因になる。
ということで、労働者階級のほうが高身長が多いのが日本の特徴。

イギリスとかインドとかで貴族が高身長なのは上流階級は人種がそもそも違うだけ。
411:2014/03/29(土) 14:55:17.92 ID:
普通は正妻に子供は生まれるよ。今のような感じじゃなくて、ぼんぼん子供を作っていた時代だから。
414:2014/03/29(土) 16:23:20.64 ID:
>>411
明治以後のことしか念頭にないんじゃね。
前近代には正妻が子を産めないことも多いし、正妻が出産の時に死んで、後添えは
家格を気にせず美人を選ぶなんてことも珍しくない。
地主は大抵は江戸時代から続く旧家だから、いわば地主層は何世代にもわたって
器量良しがその血筋に入る一方だった集団だ。徐々にだけど、確実にね。
明治以後に地主層同士の通婚がメインとなっても、小作人と比べて器量のいい子が
生まれ育つ確率は高くなる。
それに、戦前は栄養状態がよくないから、器量の何割かは栄養状態のよさによって
支えられていた。栄養状態がよければ美男とされたであろう子供でも、もやしみたいに
育てばとうてい美男とは呼べない。

ゆえに、地主層は小作人層よりも美男美女率が高いと言える。
439:2014/04/09(水) 17:52:14.33 ID:
佐藤栄作、岸信介も祖先は奥州藤原氏の佐藤忠信だし、その孫、安倍首相も安倍貞任の末裔だし、
東條ヒデキも岩手だし、満州の影の帝王、甘粕正彦は宮城だし、日本は蝦夷の末裔が影で支配してるんだね。
447:2014/08/06(水) 18:02:02.65 ID:
戦前華族だった慶喜の孫の本では、華族の当主である著者の兄さえ徴兵された。
そんで、同じく華族の当主だった夫は軍人だったが、東條に歯向かい憲兵に
引っ立てられたそうだ。このクラスの人達の中にも、なんとか戦争をさっさと
やめさそうとしていた人もいた模様。
東條がものすごく嫌われていたらしいことが書いてある。